ようこそ久津八幡宮へ
         
   久津八幡宮の重要文化財
   本  殿

 鳴いた
この建物の南側の妻の蟇股には相対する鶯が二羽あって匠さん彫りつけしゃんしたあの鶯は昔ホケキョホケキョと鳴いたげなと飛弾の俗謡にも謡われているように鳴いた鶯として 有名です
本        殿 鳴いた鶯
本殿は室町時代応永19年(1412)に飛騨の国城主で当時桜洞に居城した白井太郎俊国が祈願主となって家臣山下作右エ門友貞を普請奉行として再建したもので大工棟梁は飛弾匠の流れを汲む美濃の関の住人武沢茂右エ門という名匠です建物の大きさは間口三間奥行は二間で軒の高さは一二尺正面は向拝といって屋根がゆるやかな曲線で長く流れ,その長さ二十尺背面の流れは十五尺で棟の高さ約二五尺あります、この形式を三間社流造といい総素木造で屋根は柿葦、要所に斗拱,束、蟇股、肘木、手挾を備えており、柱は円柱で内部は内陣、外陣に区割し内陣は三殿造となっている。実によく当初の構造形式や材料を保存し特に両側の妻の部分は室町時代の建築美術の枠といってもよく、その手法を少しも損なう事無く今日に伝えており、規模雄大、装飾豊富で意匠に優れ県下では勿論、全国的にみても室町時代における代表的建造物である

   拝  殿

    水を呼ぶ鯉
この建物の前方の軒口にある鯉の作り物はその魂の働きによって神社の前を流れる益田川の水を引き寄せ沿岸が荒れて田畑の流失もたびたびありましたので村人達が相談して後から弓の矢を作り添えて鯉の精を止めたと言う伝説が伝わっていて水を呼ぶ鯉と言われています
水を呼ぶ鯉 拝       殿
拝殿は桃山時代天正九年(1581)飛騨の国領主三木大和守自綱が武運長久を祈願して建立したものです、大工棟梁は桜洞に住んでいた飛騨の匠桂川孫兵衛という人です。建物は天正九年以来数回の修理を行っていますが当初の構造形式、材料がよく保存されています、その特色は木割寸法が実に雄大でさすがに豪華を誇る
桃山建築の様式を遺憾なく残しています建物の大きさは桁行四二尺、梁間三二尺、軒の高さ一二.五尺、軒出し六尺壮麗な形状を備え構造形式は平家造り、総て着色の無い素木、屋根は入母屋造り、軒付は二重で柿葦で内部は厚さ一.五寸の総板張り、四本の囲い柱によって内陣の形を持っています、この様な内陣の形を持っている拝殿は全国でも他に類例無い物であります。



        連絡先 久津八幡宮社務所 0576-52-1240

      
Top         メールはこちら